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学校

教育問題の解決方法を考える: 教師に必要とされる能力

「コツコツ教材研究をする教師は、それがその教師の取り柄なのです。それを「まじめすぎるからダメなんだ。もっと遊びを覚えなさい」と管理職が言ってはいけません。それはその教師の本質(個性)を否定することになるからです。自分の本質を見失っては、けっしてよい教師にはなれません。」と諸富祥彦(もろとみよしひこ)氏。

教師に限らず、誰に対しても言える。その人自身が持つ本質って大事だ。

 

教育問題の多くが学校を舞台にして起きる。

だから問題解決の為に、学校をなくしたらどうだろう。学校へ行く・行かないを選択できるようにしたらどうだろう。行かないことを理由に不利益を被らないようにすればいい。でもどうやって? 別の社会問題が起きるだけだろうか。やはり居場所や職場が必要? MOOCを利用して学べないのだろうか。しかし修了書が出ても、単位認定や卒業認定がない場合が多い。学校がなくても、いくつになっても勉強はできる。ただ卒業ができない。履歴書に書けない。

不登校でも義務教育を留年せず卒業できるのは学校があるからか。

 

学校ってなんだろう。

人類の英知を学び、皆で?個々人で?今直面する問題に対処できる術を身につける場?

 

知人に「学校は楽しい!」って言える人がいる。

だから今あるものの要・不要は個々人が自由に感じて、必要に応じて利用できればいい。医療も結婚も学校もずっと必要とされてきた制度。もちろん制度ゆえの不利益や窮屈を感じる人はいる。

 

そして私は何がしたいのだろう。

少なからず、教育や学校に関わっている。

多分私は、できなくても真面目に頑張っている人を応援したいだけ。

できるようになってもらいたいだけ。

多分「ダメだ」と決めつけられるようなことに違うと言いたい。

多分ただそれだけ。

でないと、とても悔しいし、残念だと私は感じるようだ。

 

つまらないこだわりかもしれない。

肩肘張らず、相手にしなければいいだけのことかもしれない。

生徒は私の自己実現の道具ではないのだから。

人の口に戸は立てられないのだから。