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和泉式部日記16

和泉式部の歌に、敦道親王返歌5首。

初句が同じでも違うから、いろいろな人が読むのを聞くのは楽しい。

けれど、会えずに歌のやりとりばかりでも、辛かろうと思う。

 

秋のうちは朽ちはてぬべし ことわりの時雨にたれか袖はからまし

ー 秋のうちは朽ちけるものを 人もさはわが袖とのみ思ひけるかな

 

消えぬべき露のわが身は物のみぞ あゆふ草葉に悲しかりける

ー 消えぬべき露の命と思はずは 久しき菊にかかりやはせぬ

 

まどろまであはれいく夜になりぬらん ただ雁が音(ね)を聞くわざにして

ー まどろまで雲井の雁の音を聞くは 心づからのわざにぞありける

 

われならぬ人もさぞ見ん 長月の有明の月にしかじあはれは

ー われならぬ人も有明の空をのみ同じ心にながめけるかな

 

よそにても同じ心に有明の月をみるとやたれに問はまし

ー よそにても君ばかりこそ月見めと思ひて行きし今朝ぞくやしき

和泉式部日記11

敦道親王が、和泉式部宅を訪れ、彼女がいるところまで、前栽のなかを歩きながら口ずさむ歌、

 

わが思う人は草葉の露なれやかくれば袖のまづそばつらむ

 

露の意味が、はかなさや絶望のようなものから少し離れていて、惹かれた。

露が掛かると袖が濡れることと、思いを懸けると涙で袖が濡れることがかけてある。

 

3つ目の勅撰和歌集で平安末に成立したらしい『拾遺和歌集』の12巻、恋2、読み人知らずの歌のよう。

蜻蛉日記144

春雨煙る旧暦二月の朝、

夫・兼家が妻・道綱母の家から出ていく時の描写。

 

出衣(いだしぎぬ)にしたり、

朝ごはんはいつも食べないからいらないよ、

と言ったりするのが、

今とあまり変わらないような気がする。

 

更級日記土佐日記蜻蛉日記などを読むと、

私が考えている以上に、

平安時代の人が、広い範囲を、朝早くから夜遅くまで行動しているのがわかる。

夜は暗くて怖いだろうにと思うのだけれど、

旅の出発が夕暮れ時だったりする時もあるようで、

驚かされる。

夕暮れ

何もしなくても、

日は暮れていく。

風や小鳥や喧騒。

日差しの強かった今日も暮れていく。

インドネシア:火事

150人以上の人がインドネシア西部で行方不明

インドネシアの西部で起きたフェリー火災で、少なくとも3人が死亡、150人以上が行方不明だ、と土曜日、国営の通信会社・新華社が伝えた。

火災は東ジャワ州で起きた。

www.interfax.ru

 

ニュース元となった新華社のサイト

Ferry catches fire in W. Indonesia, leaving at least 3 dead, over 150 missing - Xinhua | English.news.cn

 

インドネシアには一度も行ったことがないので、

全く何も知らない。

フェリー火災は思ったより頻発しているよう。

地図やwikipediaも少し見てみた。

 

インドネシアは東西に広がる国。

ジャワ島は、同国の西エリアにあるようなので、

東ジャワ州でも、インドネシアの西部になる。

 

ジャワ島には6つの州があって、

首都ジャカルタは、ジャワ島の北西の端。

東ジャワ州は、ジャワ島の東部で、

州都は、スラバヤ。

東ジャワ州にあるイジェン複合火山の火口湖とか、きれいだ。

Google マップ

歴史や文化なども調べて、いつか一度行って見たい。

抜き出し問題

小中高の国語の試験には、

いろいろな質問の仕方と答え方がある。

抜き出し問題もその一つ。

疑問なのは、

抜き出しに誤字脱字があると、

多くの先生は、

減点、部分点を出すことなく、

当たり前のように×をつけること。

 

なぜ、見ているところはあっているのに、

うっかりミスを断罪するのだろう。

なぜ、その問題を、

抜き出し問題にするんだろう。

一体いつから、

抜き出し問題は、存在するのだろう。

何を試すために、始まったのだろう。

 

きっと出題の形式にも流行りがある。

採点者の都合もある。

国語の力とは一体なんなんだろう。

 

言葉を適切に用いるのは難しい。

言葉は全てじゃない。

色々考えても仕方がない。

言葉を積み重ねて、ごまかすこともできる。

言葉なしでは、思いを伝えられない。

言葉を用いても、分かり合えない。

考えるためには、言葉がいる。

味わうためにも、言葉がいる。

 

--次の文章を読んで答えなさい。

この指示は一体いつからあるのだろう。

人類は、今までどんな風に、人の力を試してきたのだろう。

蜻蛉日記

蜻蛉日記』の上巻の一部を読んだ。

初め、読んでいて辛い内容が続いた。

しかし、途中、

特別で、愛おしい時間もあった。

 

1000年以上も前の日記である。

今とは異なったり似ていたりする貴族の生活ぶりに触れる。

双六も庭の草花も楽しそう。

彼らの振る舞いや感情は記憶にとどめるだけで、

その是非は云々しないまま、読み進めたい。